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SPEED Luv Vibration 無料音楽動画
1997年5月21日に発売された、SPEEDの1枚目のアルバム『Starting Over』(スターティング・オーヴァー)収録曲。
ロート製薬「ロートZi:リセ」のCMソングに起用され、ビデオクリップも制作されている。
スピード 熱帯夜 無料音楽動画
SPEEDの4枚目のシングル『Wake Me Up!』のカップリング曲。
両A面では無いが、両曲ともにビデオクリップが制作された。「熱帯夜」はライブのリハーサル中にスタジオの一角で撮影された。オリジナルアルバム、ベストアルバムなど数多く収録されている。
スピード Carry on my way 無料音楽動画
1999年12月22日に発売された、SPEED 3枚目のオリジナルアルバム『Carry On my way』の表題曲。
解散表明後にリリースされた事実上のラストアルバムである(が、後の再結成でもオリジナル作品をリリースした)。
スピード Walking in the rain 無料音楽動画
Walking in the rain(ウォーキング・イン・ザ・レイン)は、SPEEDの14枚目のシングル。2度目の再結成時にリリースされた楽曲である。
伊秩弘将、水島康貴以外が手がけた楽曲、上原多香子がメインボーカルを務めた楽曲がタイトル曲になるのは初めてであった(ちなみに両A面シングルも自身初)。
スピード Breakin' out to the morning 無料音楽動画
Breakin' out to the morningは、1999年5月19日にリリースされたSPEEDの10枚目のシングル。
c/w「アダムとイブ」、「EVERYDAY, BE WITH YOU」(ERIKO with CRUNCH)は、1995年から1997年にかけて活動した伊秩弘将のユニットHIMのカバーである。
スピード Precious Time 無料音楽動画
2003年4月8日〜12月31日 「Save the Children 一緒に始めよう」キャンペーンのメッセンジャーとして集結。全国13万人動員のチャリティツアーを行うなど全国に募金を呼びかけた。ファミリーマートやライブ会場での募金に加えチャリティライブ、CD、関連商品などから集まった寄付金は総額1億4644万5469円(12月1日現在)。
実行委員会の予想をはるかに超えるものだったらしく効果は絶大であった。寄付金は世界の子供たちに向けての啓蒙事業などに充てられた。
スピード Be My Love 無料音楽動画
1996年8月5日、シングルCD『Body & Soul』でCDデビュー。同年12月31日、日本レコード大賞新人賞受賞。その後リリースされた『White Love』、『my graduation』はメガヒットを記録し、それぞれ冬の名曲、卒業の名曲として知られる事となった。
その頃にリリースされた曲は次々とミリオンセラーとなった。又、数多くのCMにも抜擢された。
スピード Long Way Home 無料音楽動画
島袋寛子
メンバー最年少。メインヴォーカルを担当。突き抜けるような高音が特徴。 最年少とは思えない受け答えでよく「しっかり者」と言われていた。 が、その一方で何事にも真剣に考え悩む一面があり、時には死を望むこともあるなど 精神的な“もろさ”も持ち合わせていた。
性格が非常に真面目で「正義感が強い」「自分の心に嘘つかない」等コメントも真面目なものばかり。 当時、「真面目すぎる性格が災いした」とする意見があったが、一理ありそうである。 (ちなみにラスト曲「April」の「楽になりたくて心切りつけていた夜もあった」はまさにこのことを指しているのだ)
スピード ALL MY TRUE LOVE 無料音楽動画
1998年10月28日発売。オリコン調べで自身最大の初動セールス60万枚を記録して、累計122万枚(トイズファクトリー発表によると160万枚)を売り上げた。TBS系「1998バレーボール世界選手権」のテーマソング 。また、カップリング曲には島袋のソロ曲(hiroとして)「見つめていたい」、今井のソロ曲(Eriko with Crunchとして)「冷たくしないで」が入っており、それぞれ、エプソン「カラリオ」のCMソング、ロート製薬「キャンパスリップ」のCMソングだった。
またこの曲で、通算オリコン首位記録を5にした。ちなみに、正式な発売日以前にフライング発売の分がオリコンにカウントされたため、オリコン初登場113位(国内盤チャート)から翌週1位(当時のオリコンは101位以下は売上未集計なので、113位の週の分は初動セールスにカウントされない)という記録を作った。
スピード ALIVE 無料音楽動画
新垣仁絵
メンバー最年長。最年長ということもありグループのリーダーである。メンバーの意見をまとめたり、料理を作ったり、宿題の点検をしたり…とまるでメンバーの母のようであった。SPEEDではダンス&コーラスを担当していたが、中でもダンスのセンスはグループ髄一で与えられた振りを崩して自分流にアレンジしていた。
Long Way Homeの振りを彼女が担当できたのもセンスを認められていたからであろう。 性格面での特徴はまず「怒ると怖い」ということ。初期の頃、今井とヒョンな事から大喧嘩して以来メンバーに「怒らせると怖い」という認識を植えつけてしまったという。(自称SPEEDの“裏ボス”だ)一方でオヤジギャグを連発するなどお茶目な一面も見せており“リーダ”として“一メンバー”として、二つの顔をうまく使い分けていたように思う。
スピード my graduation 無料音楽動画
1998年2月18日発売。ハイペースで売り上げを伸ばし、オリコン調べで初動56万枚を売り上げて、累計148万枚(トイズファクトリー発表によると175万枚)の大ヒットとなった。
卒業の名曲である。歌い始めと、サビの雰囲気が全く異なる。
スピード White Love 無料音楽動画
今井絵理子
メインヴォーカルを担当。パンチのある歌声で特にアップテンポの曲でリーダーシップを取っていた。 ライブを盛り上げるのが非常にうまく元気、元気で「ステージの人」と評するファンも多い。 今井はとにかく人一倍仕事熱心。仕事に関して自分にも他人にも厳しかった。何でも自分が納得できるまでチャレンジしていたし、きつい事でも率先してやっていた。時にはやる気の見えないメンバーに激怒したこともあった。自分の仕事が少なくてムシャクシャしていたという理由も今井らしい。
また、今井は解散に対して唯一消極的で(メンバーそれぞれの道を尊重したものの)できればしたくないとしていた。ソロになれば仕事が減る可能性は大。人一倍仕事熱心な今井にとっては複雑な心境だったのではないか。
スピード Wake me up 無料音楽動画
SPEED(スピード)は、日本の女性4人組の歌手グループ。
90年代後半を代表するグループだったが2000年に解散した。主にプロデュースは伊秩弘将。
スピード Go! Go! Heaven 無料音楽動画
元々事務所社長はグループの発展的解散を考えており97年当時から「翌年の全国ツアー終了後に解散しようと思う」と語っていた。(尤もこの案はソロの準備期間が必要との声もあり却下されたが)つまりのところ、SPEEDは遅かれ早かれ解散する運命にあったのである。
メンバーには1998年の夏に解散を勧告。その後99年の春から具体的な話し合いになり、解散発表の1ヶ月ほど前に決定した。
スピード Steady 無料音楽動画
1996年11月18日発売。最高位2位ながらも、自身初ミリオンセラーを達成した曲。
テレビ朝日系「イタズラなKiss」の主題歌。初動26万枚。オリコン調べで累計128万枚(トイズファクトリー発表によると150万枚)をセールス。
スピード BODY & SOUL 無料音楽動画
上原多香子
ダンス&コーラスを担当。美人で天然ボケで、ポワッとしていておしゃべりで甘えん坊で、何より誰でも気軽に話せる人物であった。こういう“誰でも話せる”メンバーがいるとグループのバランスは安定するものだ。 振付師・中尾有里は言う。「おとなしい寛子をいつも引っ張っていたのは多香子。グループのバランスを図っていたしっかり者」と。
確かに島袋は今井・新垣とは(仲が悪いわけではないが)年齢や性格、仕事絡みで(お互いに)ちょっと喋りづらかったというが、上原にはツッコミを入れるなど気負いなく喋っていた。テレビやライブでもじゃれ合う姿がとにかく目立っていて「仲良しコンビ」と評判だった。頷けるコメントである。島袋もといSPEEDにとっての上原は特にその内面部において大きな存在だったのだ。リーダーでもヴォーカルでもない彼女だが、ある意味SPEEDにとって最も重要なメンバーであったと言えるのかもしれない。