2005年1月13日に発売された4thシングル。YOSHII LOVINSON名義では最後のシングル。
1986年にアーグ・ポリスでベーシストとして活動した後、1988年にロックバンドTHE YELLOW MONKEYを結成し1992年にメジャーデビュー、その後2003年にYOSHII LOVINSON(ヨシイロビンソン)としてソロデビューし、2004年にTHE YELLOW MONKEYを解散する。2006年に吉井和哉と名義を変更し、現在に至る。
バッカ(2007年12月19日リリース)
吉井 和哉(よしい かずや、1966年10月8日 -)は、東京都出身静岡県育ちのミュージシャン。本名は吉井一哉だが、字面や画数が悪いため「和哉」としている。
2001年1月、東京ドームでの公演を最後に活動休止。2004年7月7日、解散。
2004年12月26日、東京ドームで開催されたTHE EXHIBTION AND VIDEO FESTIVAL OF THE YELLOW MONKEY メカラウロコ・15の最終日にメンバーが再集結。『JAM』を演奏した。
NHK-FMのミュージックスクエアにおいて、『JAM』が'90年代を代表する曲第1位に選ばれるなど、同番組で非常に人気の高いバンドの1つだった。
1998年から1999年にかけて113本にも及ぶ「パンチドランカーツアー」を行う。このツアーで吉井が「このツアーは失敗でした。」と発言するなどメンバーにとっては楽しいだけのツアーではなかったようだ。
中後期はUK・USの王道ロックを思わせるサウンドに。バンドの誕生日とも言える12月28日には、「メカラウロコ」と言う「昔のTHE YELLOW MONKEYに戻る」と言う趣旨のライブを毎年行っていた。
バンド初期はデヴィッド・ボウイ、ミック・ロンソン、T.Rexなどを彷彿とさせるグラムロック色が強く、化粧をしたり吉井がライブで女装するなど服装も過激で容姿もグラム的だったといえる。
菊地英二(きくち えいじ、1967年6月6日 - )ドラム担当。通称アニー(ANNIE)。東京都八王子市出身、中央大学理工学部卒業。菊地英昭の実弟。
解散後は河村隆一のバックバンドとしてツアーに参加。2005年8月20日(土)に日比谷野外音楽堂で行われた、吉川晃司のライヴに参加。
廣瀬洋一(ひろせ よういち、1963年4月19日 - )ベース担当。通称ヒーセ(HEESEY)。東京都足立区出身、日本大学経済学部中退。
解散後はHEESEY WITH DUDESでボーカル、ベーシストとして活動。HEESEY WITH DUDESも解散を発表。2005年12月のライヴがラストライヴとなる。解散後は2005年11月発売の森重樹一(ZIGGY)のソロアルバム『CHRONIC LAY ABOUT』にベーシストとして参加、同時に森重樹一のソロツアーに参加している。
THE YELLOW MONKEY(ザ イエローモンキー)は、吉井和哉(LOVIN、ボーカル、ギター)、菊地英昭(EMMA、ギター)、廣瀬洋一(HEESEY、ベース)、菊地英二(ANNIE、ドラムス)の4名からなる日本のロックバンド。
1988年に結成、2001年1月より活動を停止し、2004年7月7日をもって解散した。
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