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オリジナル・アルバム『Stadium Arcadium』からの5thシングル。
初期〜中期回帰のようなファンクソング。アメリカ、カナダ、オーストラリアでのみ発売された。
1992年 - 世界ツアーでの日本来日中、ジョン・フルシアンテが突如帰国、脱退してしまう。
1995年 - ギタリストにデイヴ・ナヴァロを迎え、アルバムOne Hot Minuteをリリース。しかしデイヴはこの作品のみで脱退してしまう。
ファンク的な曲調からサビで展開していくメロディナンバー。
PVをリスナーから公募。選ばれた作品はそのままPVに使われた。商品は賞金5000ドルとパリ公演のチケット。
1989年 - メンバーにジョン・フルシアンテ、チャド・スミスを迎え、アルバム母乳をリリース。
このアルバムの裏ジャケットの絵は亡くなった元メンバー、ヒレル・スロヴァクが描いた物である。
1991年 - Capitol/EMIからWarnar Brothers Recordsに移籍し、アルバムBlood Sugar Sex Magikをリリース。
全世界レベルでのブレイク作品となる。現在のバンドのプロデューサーであるリック・ルービンが初めて彼らをプロデュースした作品。このアルバムに収録されたGive it awayはグラミー賞のハードロック部門最優秀シングル賞を受賞している。
Stadium Arcadium / Red Hot Chili Peppers
※音源のみになります。
1985年 - アルバムFreaky Styleyをリリース。プロデューサーにジョージ・クリントンを迎えて作成された。バンドのファンキーな魅力が顕著に現れた作品となり、アンダーグラウンドで好評を得る。
1988年 - ヒレル・スロヴァクがヘロインの摂取過多により死亡。これに伴いジャック・アイアンズもバンドから脱退してしまう。
レッド・ホット・チリ・ペッパーズが2002年に発表したアルバム『バイ・ザ・ウェイ(By The Way)』のシングルカット曲。
シングル版はベースにスラップ色が強調されており、ライブ感の強い仕上がりとなっている。
アルバム『カリフォルニケイション - Californication』より。歌詞中に故・カート・コバーンについて歌ったものが含まれている。
アルバムのタイトルは California を動詞化した「カリフォルニア化」という意味。薬物中毒から立ち直ったジョン・フルシアンテがバンドに復帰して制作された、彼らの起死回生作と言えるアルバム。
1984年 - Capitol/EMIと契約し、デビューアルバムThe Red Hot Chili Peppersをリリース。プロデューサーにギャング・オブ・フォーのアンディ・ギルを迎えて作成される。
しかしデビューアルバムでありながらこの作品にはオリジナルメンバーであるヒレル・スロヴァクやジャック・アイアンズは参加していない。
レッド・ホット・チリ・ペッパーズのメンバーがそれまでに所属していたバンドには、チェイン・リアクション (Chain Reaction) やアンセム (Anthym) などがある。
1983年 - アンソニー・キーディス、フリー、ヒレル・スロヴァク、ジャック・アイアンズによりバンド結成。
レッド・ホット・チリ・ペッパーズ (Red Hot Chili Peppers) はアメリカ合衆国、カリフォルニア州出身の世界的に人気のあるロックバンドである。
ファンクとヒップホップをパンク・ロックと混ぜ合わせたミクスチャー・ロックと呼ばれるバンドのひとつである。日本での通称は「レッチリ」。アメリカでの主な通称は「Chili peppers」。
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